体温計の数字よりも、実は「体のどこで、どんな症状が出ているか」のほうが、風邪の経過を見極めるヒントになることがあります。ひき始めののどの痛みと、こじれてからの胃もたれでは、体の中で起きていることがまったく違うからです。
六病位(ろくびょうい)は、こうした感染症の経過を6つの段階に分けて捉える、漢方の古典的な理論です。太陽病・少陽病・陽明病・太陰病・少陰病・厥陰病という名前だけを見ると難しく感じますが、それぞれ「体のどのあたりに症状が出ているか」「体力がどれくらい残っているか」という2つの軸で整理すると、意外とシンプルに理解できます。当院は鍼灸院であり、漢方薬の調剤・処方は行っておりません。本記事は漢方の伝統理論の紹介を目的とした情報提供であり、実際の漢方薬の使用については医師・薬剤師にご相談ください。
六病位とは|感染症の進行過程を6段階で捉える考え方
六病位とは、風邪やインフルエンザといった急性の感染症(漢方では「傷寒」と呼ばれます)が、発症から重症化に向けてどのように経過していくかを、太陽病・少陽病・陽明病・太陰病・少陰病・厥陰病という6つの段階に分類した考え方です。
イメージとしては、症状が現れる場所が体の表面から内部へ、そして体力の消耗が軽度から重度へと移っていく、2本の軸が組み合わさった経過のとらえ方だと考えるとわかりやすくなります。太陽病から陽明病までは体力がまだ保たれている段階として「陽病(ようびょう)」、太陰病から厥陰病までは体力の消耗が進んだ段階として「陰病(いんびょう)」とグループ分けされ、それぞれ「三陽病」「三陰病」と呼ばれることもあります。
この理論は、感染症に対してどのタイミングでどのような漢方薬を選ぶかを考えるための、いわば座標軸のような役割を果たしてきたとされています。現代の漢方診療においても、体力や症状の出ている部位を見極める際の基本的な視点のひとつとして参照されることがあります。
なお、六病位はあくまで風邪のような急性の感染症の「経過」を捉えるための考え方であり、体質そのものを分類する「証」や「気血水」といった別の概念とは切り分けて理解しておくとよいでしょう。証・気血水の基本的な考え方は、当院の漢方の基礎知識まとめでも紹介しています。
六病位の全体像|陽病と陰病、進み方の原則と例外
六病位は、太陽病→少陽病→陽明病→太陰病→少陰病→厥陰病という順番で進行していくと説明されるのが一般的です。しかし実際の臨床経過は、この教科書的な順序どおりに進むケースばかりではありません。
まず、すべての患者がこの6段階を順番にすべて経過するわけではないという点です。途中の病位を経ずに次の段階へ進んだように見えることもあれば、比較的軽症のまま太陽病や少陽病の段階で経過が落ち着くこともあります。六病位は「必ずこの順で進行する法則」というよりも、「経過の中で起こりやすいパターンを整理した目安」として理解しておくのが実態に近いといえます。
また、六病位の並び順そのものについても、漢方や中医学の専門家の間で学術的な議論が続いている部分があります。特に少陽病と陽明病のどちらが先に位置づけられるべきかについては、古典の解釈によって見解が分かれており、単純に「この順番で必ず進む」と言い切れるものではない、という点は知っておいて損はありません。
もうひとつ知っておきたいのが、もともと体力や免疫の働きが低下している人の場合、太陽病のような体の表面の症状をほとんど経ずに、いきなり陰病に近い、冷えを伴う状態から発症することがあるという考え方です。これは「直中の少陰(じきちゅうのしょういん)」と呼ばれ、高齢の方や体力が落ちている方が、はっきりした発熱や悪寒よりも先に、強い冷えやだるさから体調を崩し始めるようなケースがこれにあたるとされています。
太陽病|体の表面に現れる初期症状の段階
太陽病は、六病位の中でもっとも初期にあたる段階です。頭痛、のどの痛み、悪寒、関節や筋肉の痛みといった、体の表面に近い部分に現れる症状が中心になります。体の防御反応が、病原体をそれ以上体の奥に侵入させまいとして働いている状態、とイメージするとつかみやすいでしょう。
先に触れたとおり、この太陽病をすべての人が経過するわけではありません。体力や免疫の働きがもともと低下している場合には、太陽病をほとんど経ずに、直中の少陰と呼ばれる冷えを伴う状態から始まることもあるとされています。
太陽病における治療の基本的な方向性は、体の表面にとどまっている病邪を、汗とともに追い出すことだとされています。ただし、同じ太陽病でも体力や汗のかき方によって選ばれる漢方薬は異なります。体力があり、もともと汗をかきにくいタイプ(実証)には麻黄湯や葛根湯が用いられることが多いとされる一方、体力がやや低めで汗をかきやすいタイプ(虚証)には、発汗のさせすぎによる脱水を避けるため、桂枝湯が選ばれることが多いと説明されています。
少陽病|表と裏の中間で症状がこじれてくる段階
少陽病は、太陽病の症状が落ち着いてくる頃に入れ替わるようにして現れてくる段階です。せき、吐き気、体のだるさ、口の中の苦み、そして日中は熱が下がっているのに夜になると発熱するといった、熱の出方に波が見られるようになるのが特徴とされています。
体の表面にとどまっていた病邪の影響が、もう少し内側、消化管に近い部分にまで及び始めている段階、とイメージすると理解しやすくなります。「治りきったと思ったのに、なんとなくすっきりしない」「熱は下がったはずなのに体調が戻らない」というような、こじれた感じを訴える時期がこれにあたるとされています。
治療の方向性としては、太陽病のように汗で追い出すのではなく、体の内側の状態を整えながら症状を和らげていく「和解」というアプローチが基本になるとされています。便秘の傾向がありながらも体力が充実しているタイプには大柴胡湯が、そこまで体力が充実していない虚実中間タイプには小柴胡湯が用いられることが多いと説明されています。また、太陽病と少陽病の症状が入り混じっているような場合には、柴胡桂枝湯が選択肢のひとつとして挙げられることがあります。
なお小柴胡湯については、間質性肺炎などの副作用が報告されている経緯があり、特にインターフェロン製剤との併用に関する注意喚起がなされてきた漢方薬でもあります。持病がある方や他の薬を服用中の方は、自己判断で服用を始めず、必ず医師・薬剤師に相談してください。
陽明病|体の内部に熱がこもり重症感が増す段階
陽明病は、病気がこじれて入院治療が必要になるような、重症感の増す段階だとされています。体力はまだ残っているものの、体の内部に熱がこもり、便秘、不眠、せん妄(意識がもうろうとして辻褄の合わない言動が見られる状態)といった症状が現れやすくなるとされています。病邪の影響が腸管にまで及んでいる状態、とイメージするとわかりやすいでしょう。
治療の方向性としては大きく2つあるとされています。ひとつは、体の芯にこもった熱を便とともに体外に排出する方向、もうひとつは、体そのものを潤しながら冷ます方向です。代表的な漢方薬として、大黄・甘草・芒硝などを含み、緩やかな下剤としての作用を通じて熱を排出する方向とされる調胃承気湯や、石膏・粳米・知母・甘草・人参などを含み、体を潤しながら冷ます方向とされる白虎加人参湯が挙げられることがあります。
ただし、これらの漢方薬は体力を消耗させる方向に働く場合もあり、専門的な判断のもとで用いられるべき処方です。また後述するとおり、これらは一般用医薬品としての流通がごく限られていることが多く、医療機関を受診したうえで医師の判断により処方を受ける必要があるケースがほとんどです。
太陰病|体力の消耗が始まり胃腸症状が中心になる段階
太陰病は、三陰病の入り口にあたる段階です。免疫の働きが低下し始め、体力の面でもやや虚証寄りになってくるとされ、お腹の張り、吐き気、腹痛、下痢といった消化器の症状が中心になってきます。お腹まわりは冷えているものの、全身の冷えはまだそこまで進んでいない、という状態としてイメージするとつかみやすいでしょう。
三陽病の時期に見られたような強い発熱や炎症の勢いは弱まり、代わって胃腸の働きの低下がサインとして現れ始める時期、と説明されることが一般的です。
治療の方向性としては、まず胃腸の調子を立て直すことを起点として、体全体のコンディションを底上げしていくとされる漢方薬が用いられることが多いとされています。代表例として、桂枝加芍薬湯、小建中湯・当帰建中湯・黄耆建中湯といった建中湯類、また胃腸を温めながら働きを助けるとされる人参湯が挙げられることがあります。
少陰病・厥陰病|全身の冷えが進み、重症化する段階
太陰病よりもさらに体力の消耗が進み、お腹だけでなく全身が冷え、体温そのものを維持することが難しくなってくる段階を少陰病と呼びます。さらに病状が進行し、生命の危機に近づくほど重篤な状態を厥陰病と呼びます。
実際には、風邪やインフルエンザの多くはここまで進行することなく、太陽病や少陽病の段階で回復に向かうことがほとんどです。ただし、高熱が続く、意識がもうろうとする、水分がまったく摂れないといった症状がある場合は、自己判断で様子を見ず、速やかに医療機関を受診してください。
この2つの段階は、現代医学に置き換えると、重症の感染症や敗血症に近い状態を想定していると考えられます。実際にこうした状態に至った場合、治療の中心となるのは漢方薬ではなく、集中治療室(ICU)における全身管理です。抗菌薬の投与、血圧を維持するための昇圧剤、必要に応じた人工呼吸管理など、現代医療による集学的な治療が優先される場面であり、漢方治療が担える役割は限定的である、というのが現実的な位置づけです。
そのうえで、少陰病に対する漢方的な考え方としては、乾姜や附子といった、体を芯から温めるとされる生薬を含む漢方薬が挙げられることがあります。代表例としては、四逆湯、人参湯(主に上部消化管を温める方向とされ、太陰病の段階から用いられることもあります)、附子理中湯(人参湯に附子を加えたもの)、真武湯(全身の冷えや水分代謝の乱れに関連するとされるめまい・むくみ・下痢などに用いられることがあります)などが挙げられます。これらの多くは医療用医薬品として処方されることが中心であり、取り扱いの詳細は後述します。
また、先に触れた「直中の少陰」、つまり太陽病のような表の症状をほとんど経ずに、最初から冷えを伴う陰病に近い状態で発症する風邪に対しては、麻黄附子細辛湯が用いられることがあるとされています。
なお、附子はトリカブトの塊根に由来する生薬で、加工処理(修治)によって毒性を抑えた状態で漢方薬に配合されていますが、それでも取り扱いには専門的な知識と用量の管理が必要とされる生薬です。附子を含む漢方薬を、専門家の判断を介さずに自己判断で入手・服用することは避けてください。
六病位と代表的な漢方薬の対応一覧
ここまでの内容を、病位ごとの特徴と代表的な漢方薬の対応として一覧にまとめます。実際にどの漢方薬が合うかは、体力・体質・症状の詳細など複数の要素を踏まえて総合的に判断されるものであり、下記はあくまで一般的に紹介されることが多い組み合わせの整理です。
六病位を理解するうえで押さえておきたい注意点
六病位は、症状の経過だけでなく、脈やお腹の状態、体力、体質など、さまざまな情報を総合して見立てる専門的な枠組みです。この記事の内容だけを頼りに「自分は今この病位だから、この漢方薬を選べばよい」と自己判断することは避けてください。同じ「胃腸の不調」や「冷え」であっても、背景にある体の状態は人によって大きく異なりますし、症状が長引く場合には別の病気が隠れている可能性もあります。体質や症状の判断、漢方薬の選択については、漢方に詳しい医師・薬剤師に相談することが大切です。
もうひとつ押さえておきたいのが、医療用医薬品と一般用医薬品(OTC医薬品)の違いです。同じ名前の漢方薬であっても、医師の処方によって使用される医療用医薬品と、ドラッグストアなどで購入できるOTC医薬品とでは、承認されている内容や配合量が異なる場合があります。特に調胃承気湯・白虎加人参湯・四逆湯・附子理中湯といった処方は、OTC医薬品としてのエキス製剤が販売されていない、または取り扱いがごく限られていることが多く、医療機関を受診して医師の判断のもとで処方を受ける必要があるケースがほとんどです。パッケージの表示だけで判断せず、購入・使用の際は薬剤師や登録販売者に確認することをおすすめします。
また、附子を含む漢方薬(四逆湯・附子理中湯・真武湯・麻黄附子細辛湯など)については、附子がトリカブトの塊根に由来する生薬であり、加工処理によって毒性を抑えているとはいえ、専門的な知識のもとで用量が管理されるべき生薬であることを踏まえ、自己判断での入手・服用は避けるべきです。
なお、各漢方薬が医療用医薬品・一般用医薬品(OTC)のいずれとして流通しているかは、製造販売元や時期、剤形(エキス顆粒か煎じ薬か等)によって変わる場合があります。本記事の記載はあくまで一般的な傾向であり、最新の取り扱いについては薬剤師・登録販売者にご確認ください。
なお、漢方薬にも他の医薬品と同様に、体質や体調によって合う・合わないがあり、まれに好ましくない症状が現れることもあります。「副作用がまったくない」という説明は正確ではなく、気になる症状が出た場合は服用を中止し、速やかに処方元や薬剤師に相談してください。
よくある質問
Q1.六病位とは、簡単にいうとどのような考え方ですか?
風邪やインフルエンザなどの感染症が、発症から重症化に向けてどのように経過していくかを、太陽病・少陽病・陽明病・太陰病・少陰病・厥陰病という6つの段階に分けて捉える、漢方の古典的な考え方です。体力がまだ保たれている「陽病」の3段階と、体力の消耗が進んだ「陰病」の3段階に大きく分かれています。
Q2.六病位は必ず太陽病から厥陰病まで順番に進行するのですか?
必ずしもそうとは限りません。途中の病位を経ずに進むように見えることもありますし、比較的軽い段階のまま経過が落ち着くこともあります。また、もともと体力が低下している場合には、太陽病を経ずに冷えを伴う陰病に近い状態から発症することもあるとされています。
Q3.少陽病と陽明病、どちらが先に位置づけられるのですか?
一般的には太陽病→少陽病→陽明病という順序で説明されることが多いですが、この並び順、特に少陽病と陽明病の前後関係については、専門家の間でも解釈が分かれており、学術的な議論が続いている部分があります。
Q4.「直中の少陰」とはどのような状態ですか?
太陽病のような体の表面の症状をほとんど経ずに、最初から冷えを伴う虚弱な状態で発症するケースを指すとされています。体力や免疫の働きがもともと低下している方に見られやすいとされ、麻黄附子細辛湯が用いられることがあるとされています。
Q5.少陰病や厥陰病になった場合、漢方薬だけで対応できますか?
少陰病・厥陰病は、現代医学でいう重症感染症や敗血症に近い状態を想定した段階とされ、実際には医療機関でのICUを含めた全身管理が治療の中心になります。漢方治療のみで対応できる段階ではなく、速やかな医療機関の受診が必要です。
Q6.附子を含む漢方薬は市販のものを自分の判断で購入して飲んでもよいですか?
おすすめできません。附子はトリカブトの塊根に由来する生薬で、加工処理によって毒性を抑えているとはいえ、専門的な知識に基づく用量管理が必要です。附子を含む漢方薬を検討する場合は、必ず医師・薬剤師に相談してください。
まとめ
あらためて、当院は鍼灸院であり、本記事で紹介した漢方薬の調剤・処方・販売は行っておりません。六病位は東洋医学の伝統理論として鍼灸の背景知識にも通じるため、体系的な理解の一助として紹介しています。
六病位は、風邪やインフルエンザなどの感染症が、体のどの部分に、どれくらいの勢いで起きているかを、太陽病・少陽病・陽明病・太陰病・少陰病・厥陰病という6つの段階で捉える漢方の考え方です。ただし、すべての患者がこの順番どおりに経過するわけではなく、直中の少陰のように途中の段階を経ずに発症するケースがあることや、病位の並び順そのものに学術的な議論が残っている点も、正確に理解しておく価値があります。
各病位には、麻黄湯・葛根湯・小柴胡湯・調胃承気湯・建中湯類・四逆湯・真武湯など、代表的とされる漢方薬がありますが、体力や体質の見立ては専門的な判断を要するものです。特に少陰病・厥陰病は現代医療における全身管理が優先される段階であり、また附子を含む漢方薬や医療用としての流通が中心の処方については、自己判断での使用を避け、漢方に詳しい医師・薬剤師に相談しながら、自分に合った選択をしていくことが大切です。漢方の基礎理論全体は、当院の漢方薬とは?証・気血水・選び方でまとめています。
【本コラムの監修】
国家資格登録番号
はり師 第13878号
きゅう師 第24519号
・当院について
鍼灸治療では、頭の鍼と経絡治療を用いた本格的な鍼灸施術を行います。身体が本来持っている回復力を高め、バランスが崩れた身体が元に戻るためのお手伝いをします。局所の施術だけでなく、触診や視診を重視する伝統的な診察方法で全身の状態を観察し、身体と対話をしながら、日本人の体質に合わせた鍼灸治療を心掛けております。

