めまいに用いられる漢方薬を選ぶ際の大きな目安は、症状の「起こり方」です。立ち上がったときにふらつくなら苓桂朮甘湯(りょうけいじゅつかんとう)、グルグルと回転するようなめまいなら沢瀉湯(たくしゃとう)や五苓散(ごれいさん)、歩いているときに足元がおぼつかなくなるタイプなら真武湯(しんぶとう)が用いられることが多いとされています。
ただし、これらはあくまで漢方医学における体質・症状パターンに基づく目安であり、めまいの背後に脳血管疾患や心疾患などの重篤な病気が隠れていないかを確認することが何よりも優先されます。本記事では、漢方薬にくわしい医療者の解説をもとに、めまいのタイプ別に用いられる代表的な漢方薬の特徴と使い分けの考え方を整理します。なお当院は鍼灸院であり、漢方薬の調剤・処方・販売は行っておりません。本記事は漢方の伝統理論の紹介を目的とした情報提供です。
漢方薬を検討する前に必ず確認したいこと
めまいや前失神(気を失いそうになる感覚)はとてもありふれた症状ですが、実は診断が難しい「鬼門」とも言われる症状です。たとえば小脳梗塞を調べるために行う頭部MRI検査であっても、発症間もない時期には所見が明確に現れないことがあるなど、感度は100%ではないと指摘されています。つまり画像検査だけでは見逃されてしまうケースがあるということです。
また、前失神や失神を引き起こす原因には、虚血性心疾患、不整脈、肺塞栓症など多岐にわたる心疾患が含まれますが、これらを外来の検査だけで正確に診断することは難しいとされています。さらに、多系統萎縮症のような自律神経障害を起こす病気が背景にあり、それが命に関わる事態につながることもあります。
こうした背景から、めまいや前失神に対しては、漢方薬によるセルフケアを検討する前に、まず医療機関を受診し、危険な病気が隠れていないかを確認することが欠かせません。特に、突然の激しいめまい、手足のしびれや麻痺、ろれつが回らない、激しい頭痛を伴う、胸の痛みや動悸を伴う、意識を失ったことがある、といった症状がある場合は、自己判断で漢方薬を試すのではなく、速やかに医療機関を受診してください。
漢方薬は、こうした重篤な疾患が除外され、原因がはっきりしない、あるいは体質的な傾向によるめまいと考えられる場合の選択肢のひとつとして位置づけられるものです。当院は鍼灸院であり、以下で紹介する漢方薬の調剤・処方・販売は行っておりません。
めまいのタイプを見極める口訣「立てば苓桂、回れば沢瀉、歩くめまいは真武湯」
漢方医学の世界には、口頭で言い伝えられてきた「口訣(くけつ)」と呼ばれる実践的な知恵があります。めまいに関しては「立てば苓桂(朮甘湯)、回れば沢瀉(湯)、歩くめまいは真武湯」という有名な口訣が知られています。これは、次のような対応を示したものです。
- 起立性低血圧のように、立ち上がったときにふらつくタイプ → 苓桂朮甘湯
- グルグルと回転するような回転性めまい → 沢瀉湯(実際には五苓散で代用されることが多い)
- 歩行中に足元がおぼつかなくなる、ふわふわとした動揺感を伴うタイプ → 真武湯
もちろんこれは大まかな目安であり、実際の漢方診療では体質(虚実・寒熱など)や随伴症状(口渇、むくみ、倦怠感、消化器症状の有無など)を総合的にみて処方が選ばれます。水毒(水分代謝の乱れ)の基礎的な考え方は、当院の水毒と漢方生薬に関する記事でも紹介しています。以下、それぞれのタイプについて、構成生薬の違いに着目しながら詳しくみていきます。
起立性のめまい・立ちくらみに用いられることが多い漢方薬
起立性低血圧のようなめまいに対しては、苓桂朮甘湯のほかに、五苓散や半夏白朮天麻湯(はんげびゃくじゅつてんまとう)も候補にあがり、実際の使い分けに悩む場面は少なくありません。こうした場合は、構成生薬や古典に記された条文の違いに着目すると整理しやすくなります。
苓桂朮甘湯
苓桂朮甘湯は、茯苓(ぶくりょう)・桂皮・朮(じゅつ)・甘草の4種類というシンプルな生薬構成が特徴です。このうち甘草は急激な症状(急迫症状)を和らげる働きがあるとされる生薬で、発症のタイミングが「起き上がった瞬間」のように比較的はっきりしている症状に用いられやすいという特徴があります。実際、古典の条文にも「起きれば則ち頭眩し(起き上がるとめまいがする)」と、めまいのきっかけが起立であることが明記されており、立ちくらみ・起立性のふらつきへの適応を考えるうえで重要な手がかりとされています。動悸を伴うタイプの起立性めまいについては、当院の動悸と桂皮に関する記事でも触れています。
五苓散との違い
五苓散は、桂皮・茯苓・朮・沢瀉・猪苓(ちょれい)という、体内の水分バランスの乱れ(水毒)に対応する生薬が多く配合されているのが特徴です。苓桂朮甘湯と治療目標が似ている部分もありますが、口渇や尿量の減少といった、めまい以外の水毒徴候が目立つ場合には五苓散のほうが選ばれやすいと考えられています。
半夏白朮天麻湯との違い
半夏白朮天麻湯は、人参と黄耆(おうぎ)を含む「参耆剤(じんぎざい)」に分類される漢方薬です。参耆剤は一般に、全身の倦怠感やエネルギー不足感といった症状に用いられやすいとされます。実際、古典の条文でも「だるくて体を動かせない」という状態が繰り返しさまざまな表現で描写されており、めまいそのものよりも「動けないほどのだるさ」が前面に出ているケースで検討されやすい処方といえます。
下記の表内の記載は、紙面の都合上「〜とされる」といった表現を簡略化しています。一般的な傾向を簡略化して整理したものであり、効能・効果を保証するものではありません。詳細は各製品の添付文書をご確認ください。
| 処方名 | 主な着眼点 | 随伴しやすい症状 |
|---|---|---|
| 苓桂朮甘湯 | 発症のタイミングが明確(起立時) | のぼせ、動悸、不安感 |
| 五苓散 | 水毒徴候が明確 | 口渇、尿量減少、頭痛、吐き気 |
| 半夏白朮天麻湯 | 倦怠感が前面に出る | 全身のだるさ、食欲不振 |
回転性のめまいに用いられることが多い漢方薬
グルグルと視界が回るような回転性のめまいに対しては、沢瀉湯が用いられることがあるとされています。
沢瀉湯という処方の特徴
沢瀉湯は、沢瀉と朮というわずか2種類の生薬のみで構成されるシンプルな処方です。ただし現在の日本では医療用のエキス製剤が存在しないため、実際の臨床で使用される機会は多くありません。
エキス製剤で代用する場合の考え方
沢瀉湯をエキス製剤で代用したい場合、沢瀉湯の構成生薬を含む五苓散が最も近い処方として考えられています。回転性めまいの一分野として、難治性メニエール病に五苓散が用いられ症状改善がみられたとする一例が、日本めまい平衡医学会が発行する専門誌『Equilibrium Research』に症例報告として掲載されています(「CASE 32 五苓散が著効した難治性メニエール病」)。また、五苓散と小柴胡湯(しょうさいことう)を組み合わせた柴苓湯(さいれいとう)についても、めまいへの使用に関する臨床報告があるとされていますが、具体的な出典は本記事執筆時点で当院として特定・検証できておりません。いずれも単一の症例・限定的な報告の紹介にとどまり、特定の医療機関を受診のうえ、医師の判断のもとで検討されるべきものです。当院がその効果を保証するものではありません。小柴胡湯そのものについては、当院の小柴胡湯に関する記事で間質性肺炎等の注意点も含めて紹介しています。また、嘔気や嘔吐が強く内服が難しい場合には、五苓散を坐薬として調製する方法が知られていますが、これは医療機関・薬局において医師・薬剤師の判断のもとで行われる調製方法であり、自己判断でご家庭にて行うものではありません。
歩行時にふらつくめまいに用いられることが多い漢方薬:真武湯
歩いているときに足元がふらついておぼつかない、というタイプのめまいには、真武湯が候補にあがります。
構成生薬からみる真武湯の特徴
真武湯は、茯苓・芍薬・朮・生姜・附子(ぶし)の5種類の生薬から構成されます。このうち茯苓と朮は、苓桂朮甘湯や五苓散にも共通して含まれる生薬です。一方、芍薬や生姜は消化器症状に対応する生薬とされ、附子は手足を中心とした冷えに対応する生薬として知られています。この構成から、真武湯は体力が低下し、食事を通じて体を温める力そのものが弱っているような虚弱体質の方に向いていると考えられています。
傷寒論に記された条文
真武湯は『傷寒論』という古典に、当時の別名である「玄武湯(げんぶとう)」として記載されています。
少陰病、二三日已(や)まず、四五日に至って、腹痛し、小便利せず、四肢沈重疼痛し、自下利す。其の人或は欬し、或は小便利し、或は利せず、或は嘔する者は、玄武湯之を主る。
ここでいう「少陰病」とは、体の抵抗力がかなり低下した状態で病気が進行し、著しい冷えと倦怠感からただひたすら横になっていたいような状態を指すとされています。そうした状態の患者の病状が数日たっても改善せず、むしろ悪化して、腹痛、尿量の減少、手足の重だるさや痛み、下痢までみられるようになった場合に、玄武湯(真武湯)が第一に検討される処方として述べられています。
倦怠感を伴う水毒という点では半夏白朮天麻湯の治療目標と重なる部分もありますが、腹痛や下痢といった消化器症状が出現しやすい患者に向いているとされる点が、両者を見分けるポイントとして挙げられます。
玄武湯から真武湯へ―漢方薬の名前に隠された由来
漢方薬の名前には、いくつかのパターンがあります。麻黄湯や柴胡桂枝湯のように主な構成生薬から名付けられたもの、四物湯や五苓散のように構成生薬の数にちなんだもの、大建中湯のように治療方針を示すもの、そして小青竜湯のように中国の伝説上の四神(東西南北を守る霊獣)にちなんだものなどがあります。
小青竜湯は東の守護神「青竜」から名付けられていますが、北の守護神である伝説上の黒い亀「玄武」にちなんで名付けられたのが、真武湯のもともとの名前「玄武湯」です。真武湯の重要な構成生薬である附子の黒っぽい色合いを、玄武の姿に見立てて命名されたと伝えられています。
その後、中国の宋の時代に「避諱(ひき)」という慣習によって、玄武湯は真武湯へと改名されました。避諱とは、皇帝など目上の人物の本名(諱)に使われている漢字の使用を避けるという、漢字文化圏に古くからある慣習です。宋代の皇帝が祖先である「玄朗」という人物を敬い、その名に含まれる「玄」の字が避けられることになった結果、玄武湯の「玄」が「真」に置き換えられ、以降「真武湯」という名前が定着し、現在に至っているとされています。
附子を含む漢方薬を使ううえで気をつけたいこと
真武湯には附子という生薬が含まれています。附子はトリカブトの根を加工したもので、冷えに対応する生薬として古くから用いられてきましたが、扱いには注意が必要です。
体質にかかわらず、附子を含む漢方薬の使用によって、しびれや動悸、のぼせといった症状が現れることがあるとされています。かつては「暑がりな体質の人に附子を使うと症状が出やすい」といった経験則が語られることもありましたが、実際には体質だけで安全性を判断できるものではなく、寒がりの体質の方であっても同様の症状が生じることがあります。
附子を含む漢方薬を服用する場合は、口や手足のしびれ、動悸、めまいの悪化、視力の変化といった症状が新たに現れていないか、体質にかかわらず経過を通じて注意深く観察することが大切です。違和感を覚えた場合は、自己判断で服用を続けず、処方を受けた医師や薬剤師、またはOTC医薬品として購入した場合は薬剤師・登録販売者にすぐに相談してください。妊娠中・授乳中の方が附子を含む漢方薬を検討する場合も、自己判断での使用は避け、必ず医師・薬剤師に相談してください。
漢方薬でめまいのセルフケアをする際に気をつけたいこと
ここまで紹介してきたように、めまいに用いられる漢方薬は、起こり方や体質によって使い分けられることが多いとされています。ただし、いくつか押さえておきたい注意点があります。
第一に、繰り返しになりますが、めまいの背景に脳血管疾患や心疾患などの重篤な病気が隠れていないかを確認することが最優先です。市販の漢方薬を自己判断で使い続けることで、受診のタイミングが遅れてしまうことがないよう注意が必要です。
第二に、漢方薬は体質(証)に合わせて選ばれるものであり、同じ「めまい」という症状であっても、人によって適した処方が異なります。ドラッグストアなどで市販されている漢方薬を試す場合も、パッケージに記載された使用上の注意をよく確認し、体質に合わないと感じた場合は使用を中止し、薬剤師や登録販売者に相談することが望ましいとされています。当院は鍼灸院であり、漢方薬の販売・処方は行っておりません。
第三に、持病があり他の薬を服用している方、妊娠中・授乳中の方、高齢の方などは、漢方薬であっても自己判断で開始せず、事前に医師や薬剤師に相談することが推奨されます。漢方薬は「自然由来だから安全」というわけではなく、生薬同士の飲み合わせや、既往症との兼ね合いを考慮する必要がある場合があります。
よくある質問(FAQ)
Q1. めまいに一番効く漢方薬はどれですか?
めまいの「一番」の漢方薬というものは基本的に存在せず、めまいの起こり方(立ったとき・回るとき・歩いたとき)や体質によって用いられやすい処方が異なるとされています。まずは症状のパターンを把握し、必要に応じて医師や薬剤師に相談することが勧められます。
Q2. 五苓散と苓桂朮甘湯は何が違うのですか?
両者は構成生薬に共通点があり治療目標も近いとされますが、苓桂朮甘湯は起立時など発症のタイミングが明確なめまいに、五苓散は口渇や尿量減少といった水分バランスの乱れを示す症状が目立つ場合に用いられやすいとされています。
Q3. 漢方薬はすぐに効果を実感できますか?
漢方薬は体質改善的な側面を持つものが多く、効果の現れ方には個人差があるとされています。急性の症状に用いられる処方もありますが、いずれの場合も継続的な体調の変化を観察しながら、医師や薬剤師と相談して使用することが望ましいとされています。
Q4. どのようなめまいなら病院を受診すべきですか?
突然の激しいめまい、手足のしびれ・麻痺、ろれつが回らない、激しい頭痛、胸痛や動悸を伴う、意識を失ったことがある、といった症状がある場合は、漢方薬によるセルフケアを検討する前に、速やかに医療機関を受診することが強く勧められます。
Q5. 真武湯はどんな人に向いていますか?
真武湯は、体力が低下し、冷えや倦怠感が強く、歩行時に足元がふらつくようなタイプのめまいに用いられることが多いとされています。特に消化器症状(腹痛や下痢)を伴いやすい方に検討されることがある処方です。附子を含むため、体質に関わらず服用中の体調変化には注意が必要です。
まとめ
あらためて、当院は鍼灸院であり、本記事で紹介した漢方薬の調剤・処方・販売は行っておりません。水毒・気血水は東洋医学の伝統理論として鍼灸の背景知識にも通じるため、体系的な理解の一助として紹介しています。
めまいに用いられる漢方薬は、「立てば苓桂、回れば沢瀉、歩くめまいは真武湯」という口訣に代表されるように、症状の起こり方によっておおまかな見当をつけることができるとされています。起立性のふらつきには苓桂朮甘湯や五苓散、半夏白朮天麻湯が、回転性のめまいには沢瀉湯(代用として五苓散や柴苓湯)が、歩行時のふらつきには真武湯が候補として挙げられることが多く、それぞれ構成生薬や古典の条文をひもとくことで違いが見えてきます。
ただし、こうした漢方的なアプローチはあくまで、脳血管疾患や心疾患などの重篤な病気がしっかり除外された後の選択肢のひとつです。めまいは誰にでも起こりうる身近な症状である一方、命に関わる病気のサインである可能性も否定できません。気になるめまいが続く場合は、自己判断で漢方薬に頼るのではなく、まずは医療機関を受診し、必要に応じて漢方に詳しい医師や薬剤師に相談しながら、自分の体質やめまいのタイプに合った向き合い方を見つけていくことをおすすめします。気血水の基礎理論は当院の漢方薬とは?証・気血水・選び方でもまとめています。
【本コラムの監修】
国家資格登録番号
はり師 第13878号
きゅう師 第24519号
・当院について
鍼灸治療では、頭の鍼と経絡治療を用いた本格的な鍼灸施術を行います。身体が本来持っている回復力を高め、バランスが崩れた身体が元に戻るためのお手伝いをします。局所の施術だけでなく、触診や視診を重視する伝統的な診察方法で全身の状態を観察し、身体と対話をしながら、日本人の体質に合わせた鍼灸治療を心掛けております。

